rabbit(想像力を膨らませてお読みください)

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 あるところにウサギのぬいぐるみがいました。でも、このぬいぐるみはただのぬいぐるみではありません。

 ある重大なお仕事の為にやってきた[生きているぬいぐるみ]です。

 またあるところに一人の学生がいました。

 彼女の名前はユイといいます。おとぎ話の世界にあこがれる中学生です。

 ある日、ウサギのぬいぐるみはユイのところにやってきてこう言いました。

 「君のお願い事をなんでも叶えてあげるよ!」

 「……君はだあれ?」

 ユイは特に驚きもせず、ウサギのぬいぐるみに言いました。

 「ボクはラビット。ウサギのぬいぐるみさ!」

 「そのまんまだね。」

 ウサギのぬいぐるみが、えへんと胸を張って答えて見せると、ユイはカラカラと笑いました。

 「ボクは君のお願い事を叶えに来たんだ!君のお願い事はなに?

なんでも叶えてあげるよ!」

 ユイはちょっとだけ首をひねって考えました。

 「そうだなぁ。じゃぁ。次の授業にテストがあるんだ。」

 「[てすと]をやらなくてもいいようにすればいいんだね!まかせてよ!」

 ウサギのぬいぐるみはもう一度えへんと胸を張りました。

 

 次の授業が始まりました。でも、テストを持ってくるはずの先生はいつまでたっても教室に来てくれません。
そのうち教室は休み時間同様がやがやとうるさくなってきました。でも、先生はいっこうにやってきません。
十分たっても二十分たっても先生はやってきません。

 ユイはウサギのぬいぐるみにたずねました。

 「これは君の仕業なの?」

 「そうさ!」

 ウサギのぬいぐるみは自慢げに胸を張ります。

 「君は本当に私の願いを叶えてくれるんだね!」

 ユイは嬉しくなってウサギのぬいぐるみの頭を撫でました。

 ウサギのぬいぐるみは恥ずかしそうに、でもされるがまま、頭を撫でられています。

 「じゃあ。私の本当の願いも叶えてくれる?」

 「まかせてよ!」

 ウサギのぬいぐるみは自信たっぷりに答えました。

  ウサギのぬいぐるみはどこからか上質な紙を一枚取り出しユイに見せました。

「じゃぁ。この紙にサインしてくれる?」

上質な紙にはなにやら文字が書かれていましたが、
全部わけのわからない文字だったので読むことができません。
ユイはしばらく腕組みをして紙にかかれた文字と睨めっこをしていましたが
そのうち飽きてきたのか紙から視線を上げ、ウサギのぬいぐるみを見ました。

 そして、小さく紙を指差し、

 「なんて書いてあるの?」

 とたずねました。

 「契約書だよ!」

 ウサギのぬいぐるみは相変わらずの格好で自信たっぷりに言います。

 「だから。なんて書いてあるの?ごまかそうったってダメだよ。こーゆーのは、
しっかり検討してからサインするべし。って前にテレビでやってたもん。」

 ユイはウサギのぬいぐるみをにらみつけて言いました。

 ウサギのぬいぐるみは少し気迫負けしたようにしていましたが、そのうち観念したように言いました。

 「君のお願い事を一つ叶えるごとに、ボクに君の寿命が一年プレゼントされる契約書さ!」

 ウサギのぬいぐるみが言うと、意外にもあっけらかんとユイは納得して言いました。

 「ふーん。一年くらいなら安いもんだね。いいよ。どこに名前を書いたらいいの?」

 ユイは上質な紙に、丁寧に自分の名前を書きました。

 「…さぁ。これで私の願いごとを叶えてくれるんだね!」

 「まかせてよ!」

 ユイは早速ウサギのぬいぐるみにお願い事をしました。

 「じゃあね。私をテレビや本にあるような、おとぎの世界に連れて行ってよ!」

 「……またずいぶんとスケールが大きいんだね……」

 ウサギのぬいぐるみは少し驚いたようにいいました。

 ユイは満面の笑みで答えました。

 「だって!私はそーゆー世界に生まれたかったんだもん!
君が現れるまではあくまで「おとぎ話」だったのよ!それが今は私のすぐ近くにある感じがするわ!」

 「…わかった。まかせてよ!じゃぁちょっとだけ目をとじていてね」

 ユイは言われたとおり、ほんの少しだけ目をとじて、またすぐに目を開けました。
そして、もうそこには顔なじみのクラスメイトも教室もなく、
中世のヨーロッパの衣装のような服をまとったたくさんの人が行きかう街が広がっているとわかると、
「やったー!」と飛び跳ねて喜びました。

 「すごいすごい!まさに私の望んだ世界だわ!」

 ユイはあちらこちら歩き回り、街の風景を楽しみました。

 でも、そのうち飽きてきたのか人通も気にせず座り込んでしまいました。

 「どうしたの?」

 ウサギのぬいぐるみがたずねると

 「ちがうわ」

 とふてくされた声で返事しました。

 「ちがうわちがうわ!これじゃ海外旅行でもしてるのと大差ないじゃない!
私はもっと、こう、魔物とかもいて、お姫様とかもいて、魔法とかも使える世界がいいのよ!
……そうだわ。ねぇ。私を魔法使いにしてよ!魔法が使いたいわ!」

 ユイはウサギのぬいぐるみに言いました。

 「うん。まかせてよ!」

 ウサギのぬいぐるみは少し呆れた顔で言いました。

 

 ユイはウサギのぬいぐるみに言ったとおり魔法使いになりました。
でも特に外見に変化は見られません。

 「なにが変わったのかわからないわ。」

 ユイは少し不満そうに言いました。

 「まあ。いいわ。じゃあ、そうね。よし!あの草にしよう!」

 ユイは小さな雑草を見つけると駆け寄り自信たっぷりに言いました。

 「燃えろ!」

 ユイは良くわからないポーズをとって雑草を燃やそうとしました。でもなにも起こりません。

 「あれ?燃えろ!燃えろ!……ちょっと!なにも起こらないじゃない!」

 ユイは怒ってウサギのぬいぐるみに向き直りました。

 「え?呪文を唱えないと魔法は使えないでしょ?」

 ウサギのぬいぐるみはさも当然のように答えました。

 でもユイはまだ不満そうです

 「ちがうわ。」

 ユイはかぶりを振って言います。

 「ちがうわちがうわ。私が望んだとおりに魔法が起こらないとダメなのよ!
これじゃ呪文を覚えなきゃダメじゃない!……そうだわ!ねえ。私だけは呪文がいらないようにしてよ!
燃えろ!って言ったら燃えるの!凍れ!って言ったら凍るの!そーゆー特別な存在にしてよ!」

 ウサギのぬいぐるみはユイに気づかれないようにため息をつくと。演技で言いました。

 「わかった。まかせてよ!」

 

 ユイはぬいぐるみに言ったとおり呪文のいらない特別な魔法使いになりました。
さっきの雑草で本当に呪文がいらないのかためし、本当に必要ないことがわかると飛び上がってよろこびました。

 「すごいすごい!まさに私の望んだ存在だわ!」

ユイは全速力で街の入り口まで走り出しました。

 でも、ものの100メートルほど進んだところでまた人通りも気にせず座り込んでしまいました。

「ちがうわ。」

また不満を口にします。

「ちがうわちがうわ!これじゃあ元々の私と変わらないじゃない!
そう簡単に疲れるようじゃなにもできないわ!
……そうだ!ねえ。私をいくら走っても疲れないような体力の持ち主にしてよ!
そうね……50Kくらいなら全速力で走れるくらいがいいわ!」

ウサギのぬいぐるみはまたしてもユイには聞こえないように、でも深くため息をして言いました。

「わかった。まかせてよ!」

 

ユイはウサギのぬいぐるみに言ったとおり簡単には疲れない体力を手に入れました。

 「よし!」

ユイは街の入り口まで走り出しました。

ウサギのぬいぐるみに言ったとおり、全然疲れてきません。

 「すごいすごい!まさに私の望んだとおりの体力だわ!」

 ずいぶんな距離を走って、街の入り口まで走ってきました。

 でも、街の外にでようとすると門番に言われました。

 「通行所がないなら街の出入りはできません。」

 ユイはムッとして言いました。

 「なんでダメなのよ!外に出るだけじゃない!」

 でも、ユイがいくら言ってもダメでした。ちょっとやそっとじゃ疲れない体力をもっていたから、
散々怒鳴っても疲れはしませんでしたが、そのうち飽きてきて、門番も気にせずその場に座り込んでしまいました。

 そして

 「ちがう。ちがうわ!」

 ユイは力いっぱい否定します

 「ちがうわちがうわ!これじゃ結局この国のルールにとらわれてるだけじゃない!
わたしはもっと、こう、特別な、……そう!特別な地位がいいわ!…ねえ!私の地位を上げてよ!
そうね。国の出入りは自由!お城にも顔パスで入れるくらいの地位がいいわ!」

 ウサギのぬいぐるみは、もうどうでもいいや。と思ってこういいました。

「……まかせてよ!」

 

ユイはウサギのぬいぐるみに言ったとおり地位を手に入れました。

門番に、「ちょっと出たいんだけど」と見下して言ってみると敬礼をして外にだしてくれました。

 「すごいすごい!まさに私の望んだ地位だわ!」

 街をでて、広がる草原を走ってユイは喜びました。

 でもひとしきり走るとまた不満そうに言います。

 「魔物がいないじゃない!」

 ユイはウサギのぬいぐるみに向き直って言います。
もう、自分の寿命を削ってお願い事を叶えてもらっていることも忘れてしまっているようです。

 ウサギのぬいぐるみは腕組みをして考え、こう言いました。

 「平和だから、街の近くとかにはいないんじゃないかな?」

 ウサギのぬいぐるみは言いましたがユイは納得できません。

 そして、ぼそっとつぶやきました

 「ちがうわ。」

 ウサギのぬいぐるみは、またか、と思いましたが、黙ってユイの言うことを聞いていました。

 「なんか違うのよ!なんか、……そう!なんか違うんだわ!平和すぎても私の出番がないのよ!
…そうだわ!ねえ!この世界に魔王をいるようにしてよ!で!皆勇者が現れるのを待っているんだわ!
そういうちょっと荒んだ平和ボケしてない世界にしてよ!」

 ウサギのぬいぐるみはなんとなくユイに愛想が尽きたような気がしましたが、そんなことは顔に出さず言いました。

 「まかせてよ!」

 

 世界はユイがウサギのぬいぐるみに言ったとおり、魔王がいて、勇者がいて、
そしてたくさんの魔物がいる世界になりました。

 もちろん街の中で暴れたりするような魔物はなかなかいなかったし、ユイがいた場所にも、
ごろごろ魔物であふれかえっていることはありませんでしたが、少し街から外れるととたんに魔物が出てきました。

 「そう!これよこれ!すごいすごい!まさに私の望んだ世界だわ!」

 呪文の要らない魔法と、ちょっとやそっとじゃ疲れない体力をもったユイは、
簡単に魔物を倒してしまいました。

 でも、何体か撃退すると、また不満そうに言います。

 「つまらないわ。」

 ウサギのぬいぐるみはもう特になにも思いません。

 「ちがうわちがうわ!ただ漠然と魔物をやっつけてもつまらないのよ!
もっと、こう、感謝されたいわ。そうだわ!ねえ。私を勇者の一行に加えてよ!
そうね、メンバーは勇者と私を含めて5人くらいがいいわ!もちろん私は勇者じゃなく魔法使いとしてね!
勇者はリーダーだからいろいろ面倒なのよ!お金の管理とか!謎解きとか!」

 ウサギのぬいぐるみに要望を伝えると、ウサギのぬいぐるみは少しだけ考えてこう言いました。

 「えっと…じゃあ勇者と君と、残り三人の仲間の一行をつくればいいんだね。」

 「そうよ!」

 ウサギのぬいぐるみは小さくうなずいて言いました。

 「まかせてよ!」

 

 ユイは勇者一向に加わって魔王を倒す旅にでました。

 お金の管理や迷路の謎解き等はリーダーがやってくれるし、
ユイの高い地位と呪文を必要としない能力のおかげでどの国に言っても盛大に迎えられるし、
ちょっとやそっとじゃ疲れない体力のおかげで魔法も乱発でき、仲間にも感謝されます。

 「すごいすごい!まさに私の望んだとおりに事が進むわ!」

 ユイは表情を満足にして旅をすすめます。

 でも、三つほど国を過ぎ、四つほどの強敵を倒し(もっとも、ユイにとっては雑魚にすぎなかったが)
仲間に盛大に感謝されたところで言いました。

 「…ちがうわ。」

 ユイは仲間が心配そうに見ているのも気にせず言います。

 「ちがうわちがうわ!なにもかも上手く行き過ぎてもつまらないのよ!
ずっと同じような歓迎をされて、ちょっとした挫折も味わえないような薄っぺらな旅は嫌なのよ!
そうだわ!ちょっとした嫌がらせも受けたいわ!ねえ。次の街は勇者が疎まれるような場所にしてよ!
そうね。仲間が一人捕まってしまうくらいがいいわ!それくらい酷い街も必要だわ!」

 ウサギのぬいぐるみは鳥と戯れながらユイの方も見ずに言いました。

 「まかせてよ!」

 

 ユイが言ったとおり、次に訪れた街では人々の視線が冷たく、宿も取らせてもらえない状態になりました。

 「すごいすごい!まさに私の望んだとおりの反応だわ!ふふっ。おろかよね!人間って!
誰が世界を救ってくれると思ってるのかしら!私がいるおかげなのに!」

 ユイは優越感に浸って思いつくまま街の人を蔑みました。

 でも、そんなことをしているうちに仲間の一人が街の人に連れて行かれてしまいました。

ユイの言ったとおりになったのですが、残りの四人でどうしようか相談していると、
街のえらい人がやってきて言いました。

 「今すぐここから出て行け!さもないとお前らも仲間と同じようにしてやるぞ!」

 街のえらい人はユイたちの前にそこそこな大きさの麻袋を投げつけました。
すっかり汚れててしまった、使い込まれた麻袋から、黒っぽい水が少しだけ出ました。

 なんだかわからないユイは近づいて拾い上げようしました。

 でも、他の仲間に止められました。

 仲間は皆街のえらい人を怖い顔で睨んでいます。

 なにがどうなっているのかわからないユイはもう一度小汚い麻袋を見て、そして気づきました。
麻袋の大きさはちょうど人の頭ほどの大きさでした。そして、その中に何が入っているのかも。

 「…まさか…」

 「お前らが悪いんだ!勇者を気取って、結局ただお気楽に旅をしているだけではないか!
何もできないくせに勇者気取りするな!」

 いつの間にか街中の人たちがでてきてユイたちを取り囲みました。

 「ち、ちがうわ。」

 ユイは真っ青になって膝を地につけました。

 「ちがうわちがうわ!なんなのよ!誰のおかげで生きていられると思ってるのよ!
私のおかげなのよ!嫌いだわ!人間なんて大嫌いだ!いくらなんでも酷すぎるじゃない!
そうよ!人間っていっつもそうだわ!限度をしらないのよ!これじゃ魔物の方がましだわ!
魔物はちゃんとした目的があって人間を襲うはずよ!」

 ユイはウサギのぬいぐるみに向かって怒鳴りました。

 「ねえ!私を魔王にしなさい!こんな世界壊してやるわ!絶対絶対ゆるさないんだから!」

 ウサギのぬいぐるみは冷たい表情で静かにいいました。

 「まかせてよ!」

 

 ユイはウサギのぬいぐるみに言ったとおりに魔王になって人々に恐怖を与えました。

 でも魔物たちとは仲良くなっていきました。

 「わたし。今まで魔物は悪いものだとしか考えて無かったわ。
魔物は魔物なんだから倒しちゃってもいいって。でもちがったわ。
一番悪いのは人間なのね。さっさと人間なんて殺しちゃって皆で仲良く暮らしましょうね!」

 カラカラと笑うユイは、もうかつての女の子ではなく、奇怪な怪物でした。
でも、ユイにとってはそんなことはどうでも良く感じられました。

 ユイは、ウサギのぬいぐるみに人間を滅ぼしてとは頼みませんでした。皆で力を合わせて人間を倒そうとしました。

 

 そして何年も何十年も時間はたっていきました。

 そんな時、ユイの前に勇者たるものが現れました。

 ユイの仲間たちは勇者とその仲間たちにどんどん倒されてしまいます。

 「やめて!なにするのよ!」

 ユイは勇者に襲い掛かりました。

 肉を裂く嫌な音がしました。

 でも、勇者もその仲間も無傷でした。

 ふと自分の腕を見ると肩から腕は綺麗に削り取られていて、たくさんの血が出ていました。

 「痛い!痛いわ!」

 ユイは叫びました。

 たくさんたくさん勇者たちに切りつけられて、ユイはついに倒れてしまいました。

 霞む視界のなかで、ウサギのぬいぐるみが目に入ります。

 ユイは精一杯の力で叫びました。

 「痛いわ!ねえ!こいつらを殺して。それで私の傷を元通りにしてよ!
そうね!こいつらは見る影もないくらいズタズタにしちゃってかまわないわ。
それで、私の仲間たちを全部生き返らせてよ!」

 ウサギのぬいぐるみは小さく微笑みました。

 ユイがほっとすると、

 「もう、寿命が残ってないよ」

 と言い切りました。

 とたんにユイの表情は凍りつきました。

 「そんな!だって!このままじゃ私は死んじゃうわ!なんとかしてよ!」

 ユイは半分なきながら訴え続けます。

 「もういい!元の世界に帰して!もう十分だわ!こんなところで死にたくないのよ!」

 それを聞くとウサギのぬいぐるみは優しく微笑みました。

 「まかせてよ……」

 

 

 

 「ねえねえ。つぎの時間のテストどうしよう!」

 ある顔見知りの生徒が話しかけてきました。

 「……」

 話しかけられたほうの女の子はなにも言いません。

 「ねえ!ユイちゃん!」

 もう一度名前を呼ばれて女の子ははっと気づきました。

 「あ。そうだね。ボク、テストなんてできないよ。」

 女の子は笑いました。

 

 

 あるところにウサギのぬいぐるみがいました。でも、このぬいぐるみはただのぬいぐるみではありません。

 ある重大なお仕事の為にやってきた[生きているぬいぐるみ]です。

 またあるところに一人の少女がいました。

 ウサギのぬいぐるみが少女に話しかけると、少女は怪訝な顔をして言いました。

 「だれ?」

 それをきくとウサギのぬいぐるみはカラカラ笑って言いました。

「わたしはユイ!ウサギのぬいぐるみよ!」

ウサギのぬいぐるみは続けてこういいました。

「君の願い事をなんでも叶えてあげるよ!」

 

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